ニシンをめぐる2つの物語 前編 ー 歴史の魅力を引き出す人 ー | 株式会社キットブルー

ニシンをめぐる2つの物語 前編 ー 歴史の魅力を引き出す人 ー

COLUMN
2021/04/19


岩内地域に莫大な富をもたらしたニシン。このエリアを語る際にキーワードになる、お馴染みの魚です。今回はニシンに関わりのある2人のお話。地域の歴史の語り部となり、地域資源の魅力を磨き・引き出す人たちに会いに行きました。前編は泊村の鰊御殿からお届けします。

 

ニシンがもたらした莫大な富

最盛期には1つの漁場で1日数百トン、現在の価値で数億円ものニシンが水揚げされ、“ニシンドリーム”に沸いていた岩宇地域。泊村には、当時の様子を記録する有形文化財「鰊御殿とまり」があります。
 

この歴史的建築物は「旧川村家番屋」と「旧武井邸客殿」で構成され、明治27(1894)年・大正5(1916)年にそれぞれ建設されました。

 
番屋とは、漁場を経営する親方と“子方”と呼ばれる漁夫の共同生活の場。親方の家族が暮らす居住スペースと、数十人の漁夫(従業員)が寝泊まりできる「漁夫だまり」と呼ばれるスペースがあり、お手伝いさんも暮らしていました。
 
一方で客殿は客人をもてなす屋敷で、贅の限りを尽くした造りに。立派な石倉も残っています。 

 
 
 
「こちらにお越しの方には、最初に天井を見ていただくんですよ」
 
 
 
そう説明するのは、館長の本間泉さん。番屋内には生活民具や書物などが飾られた展示ケースがいくつも並んでいますが……。まず天井を見るとは一体どういうことなのでしょうか。 
   
「“柱”や“梁”をご覧ください。1本1本の太さも、数も、すごいでしょう!番屋が建てられた頃の木材の値段は、決して安いものではありませんでした。ですから、こんなに立派な木材を数多く集められるだけの財力があった証なんです」

  

  
本間館長に勧められるまま天井をじっくり眺めてみると、立派な梁が何層にも重なっているのが分かります。本来これほど多くの梁を組む必要はなかったようですが、当時は親方同士でその数を競い合っていたのだとか。

 
 

 親方の家族が生活するスペースをのぞいてみると、書院造りや琵琶台を飾るスペースが設けられているなど、北海道には珍しい建築様式も見られます。
 

 次に、渡り廊下を通って客殿へ。白無垢や金屏風、輪島漆器を並べた当時の結納の様子を展示した広間や、北前船で本州からやってきた仲買人との商談の間など、4部屋合わせて54畳もの広さは圧巻です。
 
檜や杉・瓦など建築材料のほとんどが本州から取り寄せられるとともに、現在は輸入が禁止されている「ビンロージュ」というヤシの木の一種も使用されています。
 

▲道内の日本海側沿岸にはいくつかの鰊御殿が現存しているが、客殿を併設しているのは泊村のみ

 
 
「今度は足下をご覧ください。ちょっとした仕掛けがあるんですが、見つけられますか?」と廊下を指差す本間館長。 

 
じっくりと目を凝らしてみると、船と船頭、島と波、植物や動物などのモチーフが廊下のあちこちに施されています。

 
「部材の隙間に木を埋め込む、“埋め木細工”という技法で、世界遺産・法隆寺の回廊の柱にも使われている技術だそうです。細工が難しいケヤキを使用して、曲線も巧みに掘り出しています。100年以上経っても木材の隙間がほとんど見られないことからも、技術力の高さが伺えます。熟練の職人を本州から呼び寄せることができたのも、やはり財力があったからなんでしょうね」

 

 
本間館長の解説を聞いた後に広間をよく見回してみると、至るところに飾り窓や透し彫りなどの高度な技術が施されているのが分かります。
 
建物の大きさだけでなく、人が気づかない“かもしれない”部分まで費用をかけて造り込まれた、まさに“御殿”と呼ぶにふさわしい建築。ニシンがもたらした富の大きさにあらためて気づかされます。

  

引き算と掛け算で、鰊御殿の魅力を引き出す

鰊御殿とまりでは2020年、従来の展示方法をリニューアルしました。展示物は、柱や梁を遮らないようになるべくシンプルに厳選して展示。並べきれない展示品は、順番に入れ替えるなどして展開しているそう。

 

 
「着任してから感じたのは、泊村の鰊御殿の素晴らしさは“建物にこそある”のではないかということでした。色々な物をお見せしたいところですがあえて厳選し、建築構造などに注目してもらうように工夫しています」と本間館長。

 
歴史的建造物に造詣の深い研究者や建築関係者にも鰊御殿を内覧してもらい、その評価の高さに確信を得たそうです。

 

 
新型コロナの影響で開催が限られましたが、当時の着物を再利用した御朱印帳づくりや簡易藍染め体験など、ユニークな企画にも力を入れてきました。

 

 
「簡易藍染め(生葉の叩き染め)は、鰊御殿とどのような関係があると思いますか?ニシンは藍染めの原料である蓼藍栽培の肥料(鰊〆粕)として、北前船で北海道から本州に送られていたんです。ニシンといえばカズノコを連想するかもしれませんが、販売量としては〆粕が圧倒的に多かったそうです」

 

 
実は本間館長は小学校の事務職員として長く働いた後、大学で学び直し、学芸員の資格を取得し夢を叶えた努力と行動の人。 
 
日本史や歴史的建造物が好きな人はもちろん、子どもたちや歴史が苦手な人でも興味が持てるよう、触ったり、覗いたり、探す楽しみを仕掛けてみたり。館内のあちこちにアイデアを散りばめています。

 

 
「私自身、どんどん鰊御殿に魅せられているところです。海外観光客や建築の専門家の方からも評価されている村の資源を少しでも多くの人に楽しんでもらえるよう、ご紹介していきたいですね」と本間館長は語ります。

 

 
2020年には番屋の物置の梁に書かれた宮大工の筆書き文字を発見し、見どころの一つとして開放するなど鰊御殿の新たな魅力を引き出し続けている本間館長。鰊御殿についてイキイキと楽しそうに語る姿を見ていると、何度も足を運んでくれるリピーターが増えているのも納得です。

 
そろそろニシンが食べたくなってきたところで……、後編はニシンの食文化を磨く人をご紹介します。

 

●鰊御殿とまり
北海道古宇郡泊村59-1
開館時期/4月中旬~11月初旬 ※7・8・9月は休まず開館。
開館時間/9:30~16:30
休館日/毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は、その翌日)
泊村教育委員会:0135-75-2311/鰊御殿とまり管理棟:0135-75-2849