画家・木田金次郎の残した記憶をたどる、新しい岩宇の旅の楽しみ方。

COLUMN
2019/05/29


世界的な芸術家・ピカソが創作活動に励んでいた20世紀。岩宇地域にも、類まれなる芸術家たちが生まれ育っていました。中でも画家・木田金次郎がまいた芸術の種は、21世紀の今でも脈々と地域に根付いています。今回は岩内町にある木田金次郎美術館にお邪魔し、芸術というキーワードから岩宇の新たな旅の楽しみ方を探ってみました。


漁業の町で生まれた画家

 岩宇の町を行き来していると、ある衝動に駆られます。

 「この景色を、記憶に残したい」


 海と空が一体となって続く青のグラデーションや、全てを燃やすような夕焼け。圧倒的な存在感でそこにある山々、稲刈りが終わって哀愁漂う田んぼ。夏と一変して、すさまじいエネルギーでぶつかってくる冬の波でさえ、どうすれば今ここにある風景や感情、そして記憶を切り取っておけるだろうと考えてしまいます。
 


 そして、衝動の大きさは人それぞれかもしれませんが、岩宇を訪れたり、地域に暮らす人たちの中には、きっと何か共有できる思いがあるような気がしているのです。

 実は岩内町には100年以上前からすでに、岩宇の記憶を残し続けてきた人がいます。

 


 木田金次郎(1893−1962)。ニシン漁が盛んだった明治時代の岩内町の漁師に生まれ、海外の風景や静物画ほんの数点以外、全ての作品を岩宇の風景で埋め尽くしてきました。

 著名な芸術家の多くが「地方から上京して芸術を学び、地元に戻る」という流れをくむ中、木田は絵についての専門教育を全く受けることなく、30代から本格的に画業をスタートさせた異色の経歴の持ち主です。


 絵を描くきっかけとなったのは、父親の漁場で働く漁師が描いた日本画でした。親元を離れて東京で過ごした中学時代には上野の美術館に足しげく通い、自らも筆をとりましたが、経営不振に陥った家業を手伝うため岩内町に戻ります。


 危険と背中合わせの漁師という仕事に就きながら家族を支え、絵を描くことから7年も離れていた木田。しかし、「絵を描きたい」という気持ちは消えることはなく、小説家・有島武郎をはじめとする“人との縁”を繋ぎながら画家の道へ。地域の後進たちにも大きな影響を与えました。

美術館で町を知る・探す楽しみ

 木田がまいた芸術の種は、岩宇の人々の普段の暮らしにも根付いています。岩内町内の飲食店や個人宅には油絵が飾ってあることもごく普通のことで、親戚や友人など身近に画家がいたり、学生時代から絵に親しんでいたり…と、何らかの形で絵と触れ合っている、まさに“絵の町”と言えるでしょう。


 そんなバックグラウンドがあるからこそ生まれたのが、『木田金次郎美術館』。今年で開館25周年を迎え、行政のバックアップの下、住民の有志で組織されたNPO法人岩内美術振興協会が運営を行う「みんなで作る美術館」です。


 「絵画の見方も、素晴らしさも、ましてや技法なんてよく分からない。芸術って、感性の高い人たちが楽しむものでしょ?」という声も聞こえてきそうですが、少し視点を変えてみると木田金次郎美術館は「郷土資料館の役割も果たしている」と学芸員の岡部卓さんは言います。



 「私たちの美術館に置いてあるのは絵画ですが、絵の中に描かれているものが町の歴史を表していたりします。特に木田は地元に留まって作品を作り続けてきましたので、岩宇の象徴や季節の様子、これまでの町の変遷について絵を通じて知ることができるんですよ」


 「とても分かりやすいのが、港の絵。『夏の岩内港』という作品は、岸壁に停泊している漁船の数から、当時の漁業の規模や盛り上がりを伺うことができます。木田は海だけでなく山景を数多く残していますが、これは岩宇を訪れると必ず目にとまる象徴的な風景です」


 「あまり難しく考えず、もっと気楽に『岩内ってどんな町なんだろう』という感覚で美術館に来てもらえたらと思っています。そうすると、岩宇の観光をする時に『同じ風景をどこかで見たな』と感じたり、モチーフになった場所を見つける楽しみが増えるかもしれません」



 例えば、この『春から初夏にかけて』(1942年作)という作品に描かれた風景も、浜の様子や岸壁のカーブの具合から探し出すことができます。さて、この風景は一体どこから見た景色でしょうか?答えは、このブログの最後までご覧頂けると分かります。

作品の持つパワーと、岩宇の空気を直に感じる時


 現在、館内には160点の作品がありますが、これらの多くは寄託(所有者から美術館が預かる)という形で展示されています。木田が61歳の頃に発生した岩内大火により約1,600点の作品が焼失したため作品自体は多くありませんでしたが、岩内にゆかりのある人たちに作品調査を実施したことで全国各地から作品が集まりました。

 美術館立ち上げの1人である瀧澤進館長は、25年前の開館日を振り返り、こう語ります。

「お客さんが誰もいない休憩時間にあらためてずらりと並んでいる絵を見て、思わず立ちすくんだのを覚えています。作品が持つエネルギーに圧倒されたというのかな。作家の力って、本当にすごいものなんだと実感しましたね」


 私たちは芸術というワードを聞くと、「何かを感じ取らなくてはならない」と考えてしまったりします。ですが「この季節の岩宇の夕日は綺麗なんだな」とか「理由は分からないけれどパワーを感じる」とか「同じ風景を写真で撮ってみたい」というシンプルな気持ちで、自由に作品に触れ合ってみても良いのだと2人は教えてくれました。

 

 美術館を後にして今一度、岩宇のあちこちへ。そうすると、不思議とこの風景を構築している色の多さや、稜線の美しさ、時間によって姿を変える太陽、風の吹いている方向、今まで見えなかったいろいろなものを感じている自分に出会いました。

 景色を記憶に残す旅ーー。岩宇にお越しの際は、こんな旅の“よりみち”はいかがでしょうか。



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 さて、最後に『春から初夏にかけて』が描かれた場所の答え合わせをしてみましょう。


 正解は、岩内町の野束川河口より岩内港方面(御崎方面)を望んだ風景。木田金次郎も、きっとこの場所に立って岩宇の海を眺めていたのかもしれませんね。

※旅の様子は、キットブルーのFacebookでもご覧いただけます。木田金次郎のバックグラウンドや作品、取材の裏側もご紹介しています。
https://www.facebook.com/kitblue.co.jp/

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【しりべし・ミュージアムロード】
木田を取り巻く芸術家たちの5つのミュージアムめぐりも、ぜひ。岩内町、共和町、ニセコ町、倶知安町を横断した共同イベントも開催しています。岩宇の芸術家たちが影響を受けた、パブロ・ピカソの版画作品を楽しめるのも見所の一つです。

●木田金次郎美術館
北海道岩内郡岩内町万代51-3
開館時間/10:00〜18:00(入館は17:30まで)
休館日/月曜日(但し、祝日にあたる場合はその翌日)、年末年始(12月28日から1月2日)及び展示入替のための臨時休館
http://www.kidakinjiro.com/

●荒井記念美術館
北海道岩内郡岩内町字野束505(いわない高原ホテル敷地内)
開館時間/9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日/毎週月曜日 ※冬期休館(11月中旬~4月中旬)
http://www.iwanai-h.com/art/

●西村計雄美術館
北海道岩内郡共和町南幌似143-2
開館時間/9:00~17:00 (入館は16:30まで)
休館日/毎週月曜日(月曜が祝祭日の場合は翌日)、年末年始(12/28-1/2)
http://www.musee-nishimura.jp/

●小川原脩記念美術館
北海道虻田郡倶知安町北6条東7丁目-1
開館時間/9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日/火曜日、年末年始(火曜が祝日となった場合は翌日休館、展示替え作業による臨時休館あり)
https://www.town.kutchan.hokkaido.jp/culture-sports/ogawara-museum/

●有島記念館
北海道虻田郡ニセコ町字有島57番地
開館時間/9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日/毎週月曜及び年始年末
https://www.town.niseko.lg.jp/arishima_museum/